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■ ことば始め「科学者」
現代では当たり前の言葉として成熟している「芸術家」、「科学者」という言葉が歴史的には誕生して何世紀もたっていないことは驚きです。何気なく使っている科学者という言葉、科学者と言う職業。それがいつから使われ、最初にそう呼ばれたのは誰だったのか。言葉は時代の反映であり、それが生まれるということは同時にそれが市民権を持つ必然性があったということに他なりません。
ある見解によると中世以来の天文学を中心とした学問に物理学と数学を結びつけ、今日の科学的方法論を打ち立てたのはニュートンであると言われています。彼こそ最初の科学者であり、数学を科学理論の骨格として形作り、実験によって事象を証明するという手法をとったのでした。これによって従来行われていた個別の事情だけで成り立つ理論や一般性のない理論を一掃したのです。ニュートンの業績はあまりに有名ですが、第一の功績は今日の力学の基礎を確立したことです。いまでもニュートン力学は現実的な世界では大いに役立っています。宇宙探査ロケットの打ち上げちと言ったビッグプロジェクトでの軌道計算、日常生活では運動や回転といったことはすべてに渡ってニュートン力学が使われています。少なくとも現実的な目に見える世界の運動に関してはいまでもニュートンのおかげなのです。
そのニュートンが生まれた年に賑やかな一生を終えたイタリアの哲学者がガリレオ・ガリレイです。17 世紀前半に注目を浴びた科学者の草分けのような人ですが、そのガリレオはイタリアの大富豪メディチ家の援助なども巧に受け、さながら芸術家のような振る舞いをみせながら職業的科学者に就いたのでした。「芸術家」という職業。実はこれも歴史的にはガリレオの時代よりやや以前の新しい職業でした。ルネサンスのイタリアは多くの「芸術家」を排出しましたが、同時に「芸術家」ということばと概念も世に出したのです。その一号は彫刻家のミケランジェロです。絵画と彫刻で卓越した創作力を発揮したミケランジェロは元来石工でした。実用だけを求める石工という職業に彫刻装飾の美しさや構成美、芸術性をつけ加え、さらにそれを独立した造形美にまで高めていったのでした。美を創造する職業がこの時誕生したのです。ミケランジェロは個人の個性を封じた職人から解き放たれ、永遠の美を創出する男として生きていくことになったのです。こうした空気が醸成されていたイタリア、時は17世紀にかかる頃でした。
科学者と芸術家が世に出た17世紀以降、ヨーロッパの近代科学は独特の発展を遂げていきます。それが19世紀を経て20世紀後半の爆発的な展開へとつながっていくのです。
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